お侍様 小劇場

   “知らぬは▽▽▽ ばかりなり” (お侍 番外編 18)
 

 
 江戸の昔は、自宅で仕事をする職人のことを“居職
(いじょく)”といった。内職とはまた違う、例えば竹などを使った木工細工や、簪などの金銀の装飾品を手掛ける飾り職人、鋳かけなどの補修業などなどのことで、

 「となると私もそっちに入りますかね。」
 「どうですかねぇ。」

 ヘイさんの場合は、ご自宅がそのまま工房でしょう? それも、大掛かりな工具も様々に揃えてらっしゃるし。それだと微妙に違うんじゃあなかろうかと、そんな話題になった大元の原因、面白いからと薦められた時代小説を返しに来た平八のお言いようへ、かっくりこと小首を傾げたは、島田さんチのおっ母様。くせのない金絲の髪をやや伸ばし、すんなりしたうなじのところでキュッと1つに束ねておいでで、掃除だの炊事だのに取り掛かるときは、後れ毛が邪魔にならぬよう、頭頂間近い伸び切らない部分の髪を、小さめのバレッタでまとめたりもなさるとか。そんなお姿を窓越しに見やれば、立派にうら若き奥方に見えてしまうから、

 “不思議ですよねぇ。”

 華奢で細身で…ということは決してないんですのにねと、向かい合ってた平八がついつい苦笑をこぼす。確かに、やさしげで嫋やかな雰囲気をたたえたお人ではあるけれど。着るものの好みも淡い色合いがお好きで、今も淡いラベンダーカラーのボートネックシャツを内着にし、生成りのコットンシャツを重ねておいでではあるけれど。消え入りそうなほど頼りないとか覚束ないという風情はしない。何かしら武道を修めておいでであるらしく、しゃんとした背条を芯に、しっかりとした体躯をなさっておいでだし、動作にも切れがあって無駄がなく。ただ、きびきびしているその所作は、いづれも優美な流線でまとまっており、それが棘や角のない、むしろ舞いのような柔らかさとなって映るのだろう。それに、

 “何と言ってもこのお顔ですものね。”

 色白で端正な細おもて。品があってあまりに綺麗な面差しと、そこに据わった透き通った水色の瞳は、慣れがないうちは ちょっぴり取っつきにくいかと思わせもするのだが。目許を細め、口許をほころばせてのやんわり笑み崩れると、花が咲いたようにとは正にこのこと、そりゃあもうもう愛想のいいお顔になって誰をも魅了する。ちょっぴり撫で肩なのも、ご当人は少々気にしておいでだが、その優美な佇まいを印象づけるのへと絶大な効果を発揮しており。
「? どしました、ヘイさん?」
「いいえ、何でもありません。」
 うふふと微笑って誤魔化せば、小首を傾げながらもそれ以上は言及もなさらず、手元に戻って来たご本を持ち上げて、続きがあるんですがどうですかと薦めて下さる。白い左手には、最近になってつけるようになられた銀の指輪が光っており、それがまた、節の立たない綺麗な手指を強調していて、

 “家事全般、こまごまこなす方なのにねぇ。”

 日舞か茶道の師匠かしら、いやいやピアニストかも、などと。出先でこそこそっと囁かれておいでなの、傍観者として耳にするたび、やっぱり苦笑が止まらない平八だったりして。

 “ホンっト、いい男ですものねぇ。”

 天は二物を与えずなんて、嘘うそ大嘘。姿に所作に品格も麗しく、腕っ節も頼もしくって、機転の利きように優しさまで備わって、死角なんてあるんだろうかというほど何でも揃えた、飛びっきりのいい男でおわしまし。

 “………いい男。”

 他でもない自分の胸中に浮かんだフレーズだが、そこで“おややぁ?”と思考が止まりかかった平八だったのは、その言い回しへ微妙な違和感を覚えたからだろう。だって、普通は“いい男”と来れば、それへ続くは女性からの支持、異性にいかほどモテるかという物差しだが、

 “おモテにならないってことはないのでしょうけれど。”

 浮いた話を聞かない…と言うよりも、そういった方面でのご発展ぶりが、不思議と一切伴われないのに、色男という表現は正しいのかなぁという違和感が つい。妙齢の男性としての魅力も十分備えておいでだし、今時には彼のような優しい男性の方が受けもいいというのに。商店街やらご町内でも、お声を掛け合いこそすれ、若い世代の女性が擦り寄ってるところは見かけない。

 “それもまた、ご人徳、でしょうかね。”

 その気になりさえすればきっと、好青年として清々しくも、はたまた謎めきをまとっての妖冶にも振る舞えての、さぞかし罪作りな伊達男として浮名を流せもするのだろうに。それこそ、そこのところへのみ、ぼっかり穴が空いてておいでか、それとも“今はまだ関心ございませんから”ということか。外へ向けての何かしら“発信”をなさらぬものだから、ご婦人の方からも近寄り難いとされておいで、だとか?

 “…まあ、それもおありなんでしょが。”

 何ですよ平八さん、その意味深な言い回しは。素知らぬお顔で焙じ茶をすする彼へは、
「?」
 筆者同様、七郎次さんもまた“おやや?”と思われたらしく。だが…そこへと間がよくも鳴り響いたのが、

 「…あ。」

 来訪者を告げる軽やかなチャイムの音。すいませんねと目礼を寄越しつつソファーから立ったその動作もまた、洗練されての軽やかなそれだったおっ母様。どう間違っても…スリッパを履き損ねての蹴っ飛ばしたり、ラグの端っこでつまずいたりなどなさらず。刳り貫きの戸枠や壁に腕を引っかけて、方向転換の支点になさるというズボラもしないままに ぱたぱたと。玄関まで出て行かれた足音へ、ドアが開いた音がかぶさったので、

 “お…?”

 ああこれはと、平八にもピンと来た。それを裏付けて、

 「お帰りなさい。」

 ちょっぴり柔らかさが増したシチさんのお声がし、微かながらだが戻って来るスリッパの足音が二重に増えて。二階へ上がる前に手を洗う習慣、きっちり守っておいでのお人が、リビングの戸口前を制服姿で通りかかる。

 「お帰りなさい、久蔵さん。」
 「………。」

 お返事のご挨拶がないのは相変わらずだが、ちゃんと立ち止まっての、腰から30度前屈という礼法にのっとったお辞儀を返されたお行儀はなかなかのもの。七郎次よりもわずかほど背丈の低い、だがだが、威容だけならもしかすると上かも知れぬ。その周縁にさぁっと静謐な空間が広がったように見えるほど、十代でこうまで落ち着きのある寡黙な高校生。この家の次男坊殿がお帰りになられたところでございまし。

 「お邪魔してます。」
 「…。(頷)」

 ごゆっくりということか、も一度目礼を返されて、そのまま洗面所へと向かわれる。JRで幾つか離れた公立高校に通っておいでで、しかも剣道部のエースだというに、日頃もこんなにも早く…ちなみに今日などまだ4時前に帰宅なさるものだから、初めのうちは体が弱くての早退だろかと、平八も案じたものだったが、
『それがどうやら違うらしいんですよ。』
 当然のことながら、真っ先にそれを案じたシチさんが、ご当人から“話して下さいましな”とやんわり聞き出したところによれば。

 『一刻でも早くお家に帰っておきたいから、ですって。///////

 何でここで彼が赤らんだのかと言えば、その動機というのが ちょっとばかし、彼をして含羞ませるようなお言いようだったからに他ならず。買い出しに出たり、洗濯物を取り入れの片付けのする七郎次のお手伝いをしたり、お料理に勤しむ七郎次の手際のいい立ち居振る舞いを眺めていたり、今日は学校では何がありましたかと訊いてくれる七郎次のお顔に見入ったり。早い話が、大好きなおっ母様こと七郎次の傍らへ、1分1秒でも早く戻りたいばっかりに、通常の放課後練習をおっ放り出しての この小学生ばりの早帰宅なのだそうで。無論のこと、日々の鍛練を欠かす訳にはいかない代物と重々判っておいででもあり、冬場なぞは日の出前になってしまほどもの、とんでもない時間帯からの早朝練習を、自主的に構えて相殺させているほどというから、我儘なんだか律義なんだか。

 “まま、可愛らしいもんですがね。”

 何の前評判もないまま、昨年の剣道全国選手権大会に彗星の如く現れて、息をも乱さず史上最年少で優勝を飾って以降、この金髪痩躯の若者は、その筋では期待の剣豪として知らぬ者はいない存在となったのだが。氷の貴公子などという、褒めてんだかそれとも愛想がないと腐されてんだか、この若さでもう マスコミからそんな肩書をつけられておいでの久蔵さん。今時流行の“何とか王子”でないのは、そのちょいとつれない態度というか風格が問題だったから。スポーツではあれ、剣道という修練系統部門の練達だから…ということで、無愛想なのも まま有りかなというご納得を一応はいただいているものの。取り澄ましていて生意気だの、謙虚さがないだのと、テレビなんぞで扱われるたび、好き勝手な評を下される人も少なくはないとか。

 『普段の久蔵殿のことを良く知りもしないで、
  全国ネットであんな言い方するなんて、ひどい話ですよねぇ。』

 一時は憤慨しきりだった七郎次も、最近ではさすがに慣れたか、いやいや、自分はご本人をちゃんと知っているのだから、それでいいじゃないかと納得し直されたのか。何よりも、外からどんな扱いや注目をされようが関係ないと。かあいらしいウチの次男ですものというスタンスのまま、見ていて胸焼けしちゃいそうなほどに、そりゃあもうもう慈しんでおいで。


 どしました? 元気がありませんよ? お腹は空いてませんか?
 熱でも出ましたか? どら。(おでこ こつんこ)

 おや今日はご機嫌さんですね。
 髪は梳きましたか? ああほら、襟が立ってますよ?
 今日はお芋が上手に煮えましてね、(ふうふう)ほらあ〜んvv
 美味しいですか? ああ良かったvv

 そうそう、ヘイさんから栗饅頭をもらったのですよ。
 召し上がられますか?
 じゃあ、お茶を淹れましょうね。
 …はい、ちゃんと冷ましましたから大丈夫ですよ。


 “もしかして、
  久蔵さんの無口を形成した張本人はシチさんなのかも知れませんね。”
(苦笑)


 勿論のこと、今時の高校生にはあるまじき早いご帰宅を敢行し続けている久蔵さんの側とても、七郎次さんへの傾倒ぶりは半端じゃなくて。例えば…このリビングのサイドボードに飾られたカーネーションは、あまりにリアルな出来だが、実は共に生けてあるカスミソウごとリボンフラワーとやらだそうで。

 『久蔵殿が、母の日に下さったんですよvv』

 昨年はこちらへの同居を始めたばかりに等しい時期だったので、バタバタしていてそれどころじゃあなくて。なので、その分もと2年分の二輪を、テキストと首っぴきで1カ月がかりで頑張って作って下さって。そんなことへ気を遣われることなかったのにと言いつつも、当のシチさん、事ある毎に、悦に入っての眺めておいで。そんな内職が、だが、突飛すぎはしない。少なくとも、カーネーションやらバラやらシャクヤクやら、華やかなものから凛と端正、若しくは可憐なものまでも、お花が似合わぬお人じゃあない、そんな久蔵さんもまた。あの七郎次さんとすぐ傍らに居並んで遜色の無い、そりゃあもうもう、玲瓏華麗な美少年であらせられ。寡黙で愛想がないその上、だってのにどこか泰然としていて威容に満ちておいでなところが、人懐っこくて嫋やかなシチさんとは真逆なタイプであり。七郎次が富貴なシャクヤクや陽光の中にほころぶ可憐な藤ならば、こちらの彼は、雪中にも凛と咲く椿か、凄絶な散りようが胸を打つ、花寒のころの桜といったところだろうか。

 “いやはや、眼福眼福vv”

 無論のこと、七郎次もまた…宵に咲く白蝋のような花弁も艶やかな、月下美人の妖しさをたたえる婀娜な横顔を、ごくごく稀にだが見せもするし。はたまた久蔵の側が、よほどに眠いか平八でもそれと判るほどの、仔猫のような幼くも愛らしい甘え顔を見せることもある。どっちにしたって、いづれが春蘭秋菊か、見目麗しいお二方には違いなく。こんな方々を、それも屈託ないままのお姿で間近に出来る至福、一体誰へと感謝したらいいのでしょうかねと。お饅頭をありがとうと傍らまで寄って来た、クールな美人猫さんへ会釈を返しつつ、常のエビス顔を尚のことほころばせる、小柄なエンジニアさんだったりするのである。






  ◇  ◇  ◇



 詮索は好きじゃあないが、ついつい出てしまうのが自己防衛の延長としての観察眼で。それでと“今日もシチさんはお綺麗だった”とか、久蔵さんはあのお顔で案外とお口を大きく開いて物を食べなさるんで、初見の人はびっくりなさるそうなとか。出掛けていた五郎兵衛殿へ、楽しげに語って下さることが多くって。過ぎる詮索はこちらさんもあんまり好きではないらしい五郎兵衛さんも、大好きなお人らの所作しぐさ言動の語りなら、まま仕方があるまいかと。それでなくともあまりお友達を作らぬ平八なのでと、楽しげなのをそのまんま、うんうんそれでと聞いていたのだが、

 「そういやあ確かに、
  お隣りさんはそれぞれの世代の美丈夫ばかりが3人もおわすのだから、
  もっと注目の的となっていてもおかしくはないのだが。」

 平八が言うように、彼ら自身が外への何かしら、感心なり興味なりを探るような気配を発さないからか、そういう事が根本にあっての騒ぎなり何なりがちっとも盛り上がらぬのは、不思議といや不思議。一昔前だったなら、お節介なご婦人が見合い話を持ちかけの、それなりの女性らと引き合わせのと画策もしたろうに、

 「もはやそういう時代ではないということかの。」
 「おや、じゃあゴロさんも、
  出来ることならかあいらしいお嫁さんの一人や二人、ほしいってのですか?」

 一人や二人ってのは何だそりゃと。呆気に取られて訊いたところが、知りませんよとぷいとそっぽを向くところが、すっかり判りやすくなった平八で。
「これこれ、怒らんでくれ。」
 それでなくとも某
(それがし)、機嫌を取るのは下手だというに。それを知っておろうにそんなお顔をするのかと。平八が座ったまんまのお膝を“よいよい”と軽く上下へ揺すぶれば。そんな…子供相手のようなあやしようが、妙に壷にはいってだろう。風呂上がりの頭へかぶっていたタオルの陰でくつくつひとしきり笑ってから、
「判りました、勘弁して差し上げます。」
 尊大な振りをして見せる平八だったりし。型を踏んでの仲直りをしてから、さて。

 「3人というと、やはり勘兵衛さんもモテなさいますか。」
 「ああ。時折、朝方に駅までをご一緒することもあるのだが、
  駅に近づくほどに人の目がまあまあ集まること集まること。」

 あの年頃であの伸ばしっ放しの蓬髪、どこの自由人かと思われてしまうとか?
 いやいや、そういう次元の話ではなくて。

「確かにエキセントリックではあるからという注目もなくはないが、そんなものは日を追えば慣れてしまうもの。そうではなくのさりげない注目の束が、常に付きまとっておいででな。」

 いくら鈍感なお人でも気がつきそうなものだろに、それらをやはり さりげなくもいなしておいで。ある意味で百戦錬磨の御仁ではあるようだと苦笑をこぼす壮年殿へ、

 「そりゃあ、そうでしょうよね。」

 平八もまた、うんうんと妙に感慨深げな頷きようを見せる。勘兵衛や久蔵がそこまで意識しているかどうかは怪しいものだし、七郎次もまた、誰への防波堤のつもりかは微妙に不明ながら、所謂“いい人”どまりで処せる器用さで、上手に深入りさせないよう身構えておいでなのでしょうけれど。

 「それだけで済むようなレベルの男衆たちじゃあありませんからねぇ。」
 「? ヘイさん?」

 やれやれと、ちょっとばかり肩をすくめて見せた平八さん、

「勘兵衛さんは此処に引っ越しておいでになったばかりの頃から既に、今の重厚で物静かな、渋くて小粋な風貌を保っておいでだったそうでしてね。まま、会社勤めで朝晩しか姿はお見かけしないお人だ、あら素敵どまりだったのが、しばらくすると実家の方から親戚の男の子を呼んで同居させてしまわれて。それがまた若くて綺麗で、しかも物腰の柔らかい、愛想のいい子だったものだから、ご町内の話題を浚って、そりゃあもうもうとんでもない騒ぎだったそうですよ?」

 といっても私がここへ転がり込んだのは5年ほど前ですから、半分ほどは伝聞ですけれどと笑って、それから、

「婦人会っていうんでしょうか、昔流に言う“井戸端会議”のサロンでも話題持ちきりだったそうですが、馴れ馴れしくも近づくのは何とはなく気が引けた。だって奥さんでもいれば、そこからという格好での家族ぐるみな近所付き合いも出来たでしょうが、常時 家にいるというのが、高校生以上の年頃らしき男の子ではどうしたって限度がある。」

 ここから大学に通うのですってよ、家賃代わりに家事もするのだとか、物おじしない子で人懐っこくて、そうそう、今日のお薦めは何ですかって魚屋で訊いてたし。一挙手一投足が取り沙汰されてて、傍から見ていて気の毒なほどだったのだそうですが、

 「そんなシチさんへ、何と女子高生たちがお熱を上げて、
  ついにはファンクラブを作ってしまい、そこから話がややこしくなった。」
 「ヘ、ヘイさん?」

 商店街の例えばケーキ店や国道沿いになるファミレスには女子高生のバイトも多々おりますんで、通りかかったり客として立ち寄ったりする飛び抜けた美形ということであっと言う間にうわさが広まり、情報交換の集まりから、いつしか“サンジェスト・シンパ”なんていう会が出来たそうで。携帯サイトまであるっていうから本格的じゃあないですか。

 「ところが。そんな女の子たちの中に、やり過ぎる子が出始めた。」

 通りかかったシチさんと目が合ったのどうのとポッとなるくらいならともかくも、カフェでのオーダー担当の過激な競争とか、座ってらした椅子やグラスの争奪戦になったり。挙句の果てには家まで尾けたり自宅周辺を徘徊したりと、そんなことまでするような子が出始めたと噂が立ったのを受けて、

「こちらは元は七宝焼きのサークルさんだったらしいのですが、芍薬の会というのの奥様方が黙ってられなくなったらしくって。その中に“あだばな”というグループが出来て、女子高生の行き過ぎを阻止しようと、先んじてのマークや忠告をするようになったんですよ。」

 ところが、それがお嬢さん方へは余計な干渉をされたとカチンと来たか、それってストーカー行為って言いません? あらあなた方がそれを言うのかしらってな過熱っぷりへと発展したそうで。

 「…ヘイさん。」

 あわや どっちが先に告訴するかってなところまで行きかかったのを、こちらはアケボノ保育園へ通うお子様たちのお母様方中心の、やっぱりシチさんファンクラブの“プラチナ・アソシエイト”の皆様が割って入っての手打ちとなって。それ以降は、どちら様も派手な行動は慎むことっていう暗黙の了解が出来たとか。

「ところがところが、そんな島田さんチへ去年からは久蔵さんが加わったもんだから、女子高生といやの“サンジェスト・シンパ”とは別口、久蔵さんへのファンクラブが出来た。そっちは、紅王子のお部屋と“貴公子連”だったかな?」

 ガッコの子たちが立ちあげたのが“紅王子の〜”で、地元の子らのが“貴公子連”なんですが、これがまた、お若い集まりだから油断がならない。学校でも久蔵さんの持ち物が頻繁に紛失するっていう奇怪な事件が多発し、さすがにそれはご本人が困るということで(それ以前に立派な窃盗罪だし)、不可侵協定が張られたらしいのですが。昨年の夏場も、またぞろご自宅の周辺を徘徊する子たちが現れたそうで。今度ばかりは“サンジェスト・シンパ”の方々もご婦人連へと協力しての防衛戦線を張り、地元“貴公子連”の後押しという格好で、一個人のプライバシーをむやみやたらに損ねると、私たちが容赦しないと、

 「一応は、生活指導の先生を介してですが、忠告申し上げ、
  父兄の方々へもピンポイントでの“ご注意”という名のクギを刺して、
  それで保たれてる平穏なんですからね。」
 「………ヘイさん。」

 ごくごく平凡な一家庭を巡る、ご町内の思わぬ攻防の歴史を聞けたのも意外ではあったが…それよりも。

 「何でそんなことへ、お主がそこまで詳しいのだ。」

 日頃から飄々としていて、干渉はするのもされるのも嫌いと。そんなお人であったはずが。お隣りさんを巡るあれこれへ、もしかせずともご当人たちよりも詳しかろう話しっぷり。悪夢でも見ているものかと、呆れつつも訊いてみた五郎兵衛へ、
「やだなあ、一番のご近所ですもの、理由なく害する存在があるならば、お守りして差し上げねばなりませんでしょう?」
 平八はけろっとした声で言い返し、

 「言っておきますが、私も根掘り葉掘りと自分で調べた訳じゃあない。
  最初は放っておいてお上げなさいと言ってた側だったんですが、
  それじゃあいけないと押し切られましてね。」
 「お、押し切られた?」
 「ええ。
  放っておいたら、それこそ何が起きるか判ったもんじゃあない。
  あのご一家の安息をと思うなら、そしてご町内の安寧を願うなら、
  この至近の位置での“防波堤”になっていただけないですかと。
  妙齢のお嬢さんに頭を下げて頼まれましてね。」

 今度は感慨深げに腕を組んでの“うんうん”と、深々頷く平八であり。
「…そんな空気になってるご町内だったとは。」
 こちらさんはますますと呆れたのだか…それとももしやして感心したか、大きな吐息をつく五郎兵衛殿へ、
「どこだって多かれ少なかれありますよ、こういう傾向は。」
 くすすと微笑った平八が続けたのが、
「勘兵衛さんはあれで…洒落じゃあないが勘のいい御仁だから気づいてもいるのでしょうけれど。」
「…おや。」
 さすがに、遊び半分、若しくは他のお歴々のように何かしら見失っての参画している平八ではないらしいと、ここに来てようよう口を割った彼であり、

「あのお人もなかなか読めないところがありますからね。まま、大きなことになったらば、捨て置かずの乗り出してもくるのでしょうけれど。こちらのやりたいようにと、今のところは傍観の構えでおいでだ。」

 勘兵衛を指してだろうそんな言い方をし、笑う形で細めになってた目許を片方だけ、きょろりと見開いた彼だったりし。

 「ゴロさんもこれで“共犯者”ですからね。
  こないだのお腹痛たの恩もあるんです。
  シチさんや久蔵さんをしっかと見守って差し上げてくださいね?」
 「それは構わんが。」

 それこそ、言われずともそのくらいはと思っていること。そうと感じてから気がついたのが、

 “ああ…そうか。”

 この、物言わぬ機械いじりの方が好きな反動か、まだちょっぴりと人慣れぬところの多い青年が。それでも人へと干渉するからには、そんな理由というか事情というかがほしかったのかも知れぬと。ここに来てやっと、全てへと合点がいった五郎兵衛さんだったりし。回りくどくも不器用な彼を、ますますのこと、愛おしく思いつつ、

 「ところで、ヘイさんが一緒に見守りましょうと頼まれたという相手は、
  一体どちらの会のお人なのかね?」

 「ああ、島田さんチの芝生を守る会っていうんです。」

 会長は水分り薬局の薬剤師のキララさんで、なんとあの方、勘兵衛さんが越して来た時からのシンパシィだったそうだって言うから、とんでもないベテランですよねぇ。当時はまだ中学生だったそうで、でも、勘兵衛さんとシチさんの同居が始まった途端に、あっと言う間に主旨替えなさったってお話で。


  「??? ほほお?」


 五郎兵衛さんはピンとは来なかったらしいけれど、もしかして…キララさんてば、盆と暮れに帰省とか旅行とかの予定を入れられない種のお人なのかもしれません。
(笑) とりあえず、今日も平和なご町内。窓の向こうには、リビングの明かりが煌々と灯る島田さんチがいつものように臨め、今宵ばかりはその灯火、いつもより印象的に見えた五郎兵衛さんだったらしいです。




  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.5.21.〜5.22.


  *私の好きな花の一つ、
   6月4日の花、ウツギの花言葉は“秘密”だそうで。
   …それはともかく。
   途中から妙な話運びになってしまい、
   しかもそっちの方こそが妙に楽しかった変な奴です。
   お話としては外堀過ぎて、詰まんなかったかもですね、すいません。
   お家の事情とは一線を画した、すぐそこにある危機との攻防。(おいおい)
   どこまで本気の“厳戒態勢”なのなやら、
   とりあえず、ご町内自慢の“いい男三人衆”は
   不埒な女子高生の突撃からは守られておいでであるらしいです。
(笑)


  *さて、話は変わりますが、
   ウチのシチさんは、どのシリーズにおいても
   “嫋やかな美人”とか おっ母様という描写をしておりますが、
   原作ビデオを観直すたびに、ついつい失笑が出てしまうこともしばしばです。
   あの女泣かせなお声でそれはなかろうと。
   どちら様だったか、
   “シチが大戦時代のさなかにあの声へ声変わりしたんなら凄い笑える”と
   書いてらした方がいて、私も最近それをつくづく感じております。
   カンベエ様っと少し張ったお声は、若々しくて問題(問題?)もないのですが、
   感慨深げになったときの低いお声は、
   いい男のそれ過ぎて…カンベエ様でも腰が砕けるかもですがな。
   (膝が、じゃありませんことよ?・苦笑)
   カンベエ様もまた、特長ある美声だから、
   あんなお声の二人が酒場で意味深に何やらぼそぼそと密談していたら、
   気になって気になって、お耳がダンボどころの騒ぎじゃない。
   女給さんたちは気もそぞろになり過ぎて、商売にならないかも知れませんね。

   そして、ウチのキュウはそんなおっ母様のお声で童謡を習ったので、
   キーが随分と低いのばっかだったりするのかなぁ?(それもちょっと…)
   つか、ところどこのかすれ具合とかにドキドキしちゃって、
   到底“子守歌”にはならなかったりしてな。
(こらこら)


めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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